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2014年6月17日火曜日

安房国札三十四観音(26小松寺・南房総市)




安房国札三十四観音の第26番札所、小松寺です。
かなり山の中にあるのですが、それでも行く価値のあるお寺です。
このブログではあまり紹介することのない歴史のお勉強から。結構おもしろいです。
(以下の文章は、小松寺ホームページより抜粋しました)

◆文武天皇の御代(683~707年)に役小角〔えんのおづぬ=役行者〕によって小さな庵が建てられる。
  その庵は、養老2年(718年)に一間四面のお堂に建て替えられ、寺名を『巨松山檀特寺』とする。
※本格的な寺院として整備される以前から、山岳修行者の信仰を集める霊地であった。

◆天長8年(831年)慈覚大師により堂塔が建て替えられ、山王権現が祀られる。

◆平安時代前期、火災により寺院が全焼。しばらくは廃墟のままとなる。

◆延喜20年(920年)、国司安房守住吉朝臣小松民部正壽(
こくしあわのかみすみよしあそん
  こまつみんぶまさかず
)により再建される。
  寺名を『檀特山医王院巨松寺』と改められる。七堂伽藍が整い、薬師如来が祀られる。
※七堂伽藍とは、本堂・塔・講堂・鐘楼堂・経蔵・食堂(または中門)・僧坊のことをさす。

◆年を経て次第に衰えてしまうが、承安4年(1174年)中興する。開基第一世玄海。

◆その後、徳川家康より12石7斗、里見義康から53石6斗の寄進をうけ、広い山林と田畑をもつ
  修行道場ともなり、多くの僧が集う寺院となる。

◆安政元年(1854年)、またしても火災により全焼。

◆現在の小松寺がいつ建て直されたのか、古文章等は残っていないが、本堂正面の龍の彫刻には
  「安政二丙辰十一月吉日、相州三浦郡浦賀 彫工 後藤忠蔵橘重武」と彫られている。
  この銘から、安政2年(1855年)に再建されたと考えられる。


歴史のあるお寺ですが、もともとは修験道で栄えたんですね。
修験道…登山…

小松寺のチャームポイント(違う?)は、仁王門です。仁王様たちはオススメ!

どう見ても怖くないっていう。
ただ、夜道でバッタリ会ったら、叫んで逃げますね。

本堂で御朱印をいただいた後、向かって左手のテントにて地元の方からご接待をいただきました。
御朱印に注目!
お茶を大量に飲んでいるので、新陳代謝全開という感じですね!!

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